限定承認は年637件しか使われていません|相続放棄32万件との差を生む3つの壁

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親が亡くなった。実家は残っている。ただ、借金がどれだけあるのか分からない。連帯保証をしていたという話も出てきた。相続放棄をすれば借金は引き継がずに済むけれど、実家も手放すことになる。

そこで出てくるのが限定承認です。「相続で得た財産の限度でだけ借金を払う」という制度で、プラスが残ればそれは相続できる。理屈のうえでは、これ以上ない答えに見えます。

ところが実際には、限定承認は年間637件しか使われていません。同じ年の相続放棄は323,524件です。この記事は、その差がどこから生まれるのかを、民法・所得税法・司法統計だけで組み立てます。結論から言うと、いちばん効いているのは「知られていないから」ではなく、税金と、相続人全員の同意という2つの壁です。

結論だけ先に

  • ★限定承認の申述受理は令和7年で637件、相続放棄は323,524件。およそ508件に1件です(司法統計年報 家事編・第2表)。20年前の平成17年は995件で、件数はむしろ減っています。
  • ★最大の落とし穴は税金です。限定承認をすると、被相続人が「相続開始時の時価で譲渡した」ものとみなされます(所得税法59条1項1号)。昔から持っている実家の土地のように含み益があると、亡くなった人に譲渡所得税が発生します。
  • 相続人が複数いるときは、全員が共同でなければ限定承認できません(民法923条)。1人でも反対すれば成立しません。相続放棄が1人でできるのと決定的に違うところです。
  • 期限は「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月(民法915条1項)。しかも申述だけでは足りず、その3か月のうちに財産目録を作って家庭裁判所に提出しなければなりません。(民法924条)

この記事は e-Gov法令検索の条文、裁判所の手続案内と司法統計年報、国税庁の法令解釈通達だけで書いています。当サイトに税理士・弁護士・司法書士はいません。金額の判断は必ず専門家に確認してください。最終確認日:2026年8月25日。

1. まず数字を見る——限定承認は「使われていない制度」です

最高裁判所事務総局の司法統計年報(家事編)に、家庭裁判所が1年間に新しく受け付けた事件の数が事件別に載っています。相続の承認・放棄まわりを並べると、こうなります。

事件(令和7年・全家庭裁判所) 新受件数
相続の放棄の申述の受理 323,524
遺産の分割に関する処分 28,029
相続の承認又は放棄の期間の伸長 1,631
相続の限定承認の申述の受理 637
出典:最高裁判所事務総局「令和7年 司法統計年報 3 家事編」第2表(家事審判・調停事件の事件別新受件数―全家庭裁判所)

相続放棄1件に対して、限定承認は約0.2%。500件に1件です。

限定承認は、508件に1件です 508件に1件 令和7年 相続放棄 323,524件 限定承認 637件 相続放棄1件に対して、限定承認は約0.2%

しかも、限定承認は増えていません

相続放棄は年々増え続けています。ところが限定承認はほぼ横ばい、長い目で見ればむしろ減っています。

年 限定承認 相続放棄
平成17年(2005) 995 149,375
平成30年(2018) 709 215,320
令和6年(2024) 690 308,753
令和7年(2025) 637 323,524
出典:司法統計年報 家事編(各年)。令和6年以前の数値は年報のPDFから読み取ったものです。令和7年の2件は複数回の読み取りで一致を確認しています。

相続放棄が20年で2.2倍になる一方で、限定承認は3分の2に減りました。「知られていないから使われない」のなら、これだけ相続の話題が増えた20年で少しは増えるはずです。減っているということは、使いにくい理由が制度の中にあるということになります。

限定承認は、20年で3分の2に減りました 平成17年(2005) 995件 平成30年(2018) 709件 令和6年(2024) 690件 令和7年(2025) 637件 同じ20年で、相続放棄は2.2倍になりました

2. 限定承認とは何か——条文はたった一文です

民法922条にこう書いてあります。

相続人は、相続によって得た財産の限度においてのみ被相続人の債務及び遺贈を弁済すべきことを留保して、相続の承認をすることができる。

「承認」です。放棄ではありません。相続人の地位はそのまま残ります。ここが相続放棄との根本的な違いで、実務上は大きな意味を持ちます。

単純承認 限定承認 相続放棄
借金の負担 全額 相続財産の限度 なし
プラスが残ったら もらえる もらえる もらえない
実家を残せるか 残せる 先買権で残せる場合あり 残せない
1人でできるか — できない(全員共同) できる
次順位の相続人へ移るか 移らない 移らない 移る
家庭裁判所への申述 不要 必要 必要
財産目録の提出 不要 必要 不要
官報公告 不要 必要 不要
みなし譲渡所得税 なし あり なし
民法915条・921条〜937条、939条、所得税法59条1項1号から作成
実家を残せるかが、いちばんの違いです 限定承認 財産の限度で払う プラスは残る 全員で共同のみ 目録と官報公告 相続放棄 借金の負担なし プラスも残らない 1人でできる 次順位へ移る 実家を残せるのは限定承認。ただし自己資金が要る

「次順位に移らない」は、実は大きい

相続放棄をすると、その人は「初めから相続人とならなかったものとみなされます」(民法939条)。子が全員放棄すれば相続権は親へ、親もいなければ兄弟姉妹へ移ります(民法889条1項)。つまり、自分が放棄したせいで、疎遠だった叔父や叔母のところへ借金の話が飛んでいきます。

限定承認は「承認」なので、相続人の地位が動きません。親族に迷惑をかけずに済ませたいという場面では、これが選ぶ理由になります。

3. 壁① 相続人全員でなければできない

民法923条です。

相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみこれをすることができる。

1人でも「面倒だからやらない」と言えば、限定承認は成立しません。相続放棄は各自が単独でできるのと正反対です。

なお、裁判所の手続案内では申述人を「相続人全員(ただし、相続放棄をした人を除く)」と説明しています。先に放棄した人がいる場合、その人は初めから相続人でなかったことになるので(民法939条)、残りの全員でできることになります。

連絡が取れない相続人が1人でもいると、その時点で限定承認は事実上使えません。3か月という期限のなかで、所在の分からない相続人について不在者財産管理人の選任まで進めるのは現実的ではないからです。

4. 壁② 3か月以内に「財産目録」まで作って出す

民法915条1項が期限を定めています。

相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。

起算点は死亡した日ではなく「自己のために相続の開始があったことを知った時」です。そして民法924条が、その3か月で何をするのかを定めています。

相続人は、限定承認をしようとするときは、第九百十五条第一項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない。

「財産目録を作成して提出し」が3か月の中に入っています。申述書を出すだけでは足りません。裁判所の書式ページには、土地・建物・現金預貯金株式等の遺産目録の様式が用意されています。

不動産の登記事項証明書、固定資産の評価証明、預貯金の残高証明、借入の残高、保証債務——これを四十九日と葬儀の後始末をしながら3か月で揃えることになります。

間に合わなければ「単純承認したもの」とみなされる

民法921条2号は、「相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき」を法定単純承認事由として挙げています。黙って3か月が過ぎれば、借金を全額引き継いだことになります。

間に合いそうにないときは、期間の伸長を家庭裁判所に申し立てられます(民法915条1項ただし書)。令和7年の新受件数は1,631件でした。

5. 壁③ 実家に含み益があると、亡くなった人に譲渡所得税がかかる

ここがこの制度のいちばん高い壁です。所得税法59条1項1号を読みます。

次に掲げる事由により居住者の有する山林(事業所得の基因となるものを除く。)又は譲渡所得の基因となる資産の移転があつた場合には、その者の山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があつたものとみなす。
一 贈与(…)又は相続(限定承認に係るものに限る。)若しくは遺贈(…及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものに限る。)

「相続(限定承認に係るものに限る)」——限定承認をした瞬間に、被相続人がその時の時価で全部売ったものとみなされます。

誰の所得になるかも条文に書いてあります。「その者の……譲渡所得の金額……の計算については」の「その者」は、資産を持っていた人=被相続人です。つまり亡くなった人の所得税として計算し、準確定申告で申告することになります。

なぜ実家で問題になるのか

譲渡所得は「売った金額 − 取得費 − 譲渡費用」で計算します。昭和の時代に買った土地は、取得費が今の時価よりはるかに低いのが普通です。買ったときの契約書が残っていなければ、収入金額の5%を取得費とみなす扱い(概算取得費)になり、差額=ほぼ全額が譲渡所得になります。

状況 限定承認をしたときのみなし譲渡
実家が預貯金だけ 譲渡所得の基因となる資産がないので、問題は起きにくい
実家の土地を昭和に取得・書類あり 時価と取得費の差額が譲渡所得に
実家の土地を昭和に取得・契約書なし 概算取得費5%になり、時価のほぼ95%が譲渡所得に
実家を最近買っていて含み損 譲渡益が出ないので、この論点は生じない
所得税法59条1項1号の構造から整理。個別の税額は必ず税理士に確認してください。

ただし、その税金も「相続財産の限度」です

ここは正確に書きます。国税通則法5条1項の後段です。

この場合において、相続人が限定承認をしたときは、その相続人は、相続によつて得た財産の限度においてのみその国税を納付する責めに任ずる。

みなし譲渡所得税は被相続人に課される国税なので、限定承認をした相続人は相続財産の限度でしか払う責任を負いません。自分の貯金から持ち出しになるわけではありません。

ただし——相続財産から先に持っていかれます。債権者に配る前に税金が引かれるので、「プラスが残るはずだったのに、みなし譲渡所得税で消えた」という結果はふつうに起こります。限定承認を検討するときに、いちばん最初に試算すべき数字です。

限定承認には、3つの壁があります 壁① 相続人全員が共同 民法923条。1人でも反対すれば 1人でできない 壁② 3か月で財産目録 民法915条1項・924条 申述だけでは不可 壁③ みなし譲渡所得税 所得税法59条1項1号 亡くなった人に 間に合わなければ、単純承認したものとみなされます

相続人の取得費は「相続時の時価」になる

被相続人の側で含み益を清算した以上、相続人が同じ含み益を二重に課税されることはありません。所得税法60条1項1号が「相続(限定承認に係るものを除く。)」と明記して通常の取得費引継ぎから外し、代わりに同条4項が置かれています。

居住者が前条第一項第一号に掲げる贈与、相続又は遺贈により取得した資産を譲渡した場合における……譲渡所得の金額……の計算については、その者が当該資産をその取得の時における価額に相当する金額により取得したものとみなす。

つまり、後で実家を売るときの取得費は「相続開始時の時価」になります。そこから値上がりしなければ、相続人側の譲渡所得は出ません。限定承認の数少ない有利な点です。

準確定申告の期限は4か月

所得税法125条1項が、「その相続の開始があつたことを知つた日の翌日から四月を経過した日の前日」までの申告を義務づけています。

ここで日程が衝突します。限定承認の申述は3か月以内、官報公告は限定承認後5日以内で期間は2か月以上、そして準確定申告は4か月以内。公告の2か月が明ける前に、準確定申告の期限が来ます。財産の全体像が確定しないまま税額を出すことになるので、税理士の関与なしに走り切るのは相当に厳しい設計です。

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限定承認をした瞬間に、被相続人がその時の時価で譲渡したものとみなされます(所得税法59条1項1号)。昭和に取得した土地で契約書が残っていなければ、概算取得費5%になり、時価のほぼ全額が譲渡所得になります。そのうえ準確定申告の期限は4か月(所得税法125条1項)で、官報公告の2か月が明ける前に来ます。3か月の熟慮期間のうちに、この数字を出せる人を確保しておく必要があります。ここは相続税を扱う税理士を紹介してもらう窓口で、紹介自体は無料です。

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6. 手続の流れと日程

時期 やること 条文
知った時から3か月以内 財産目録を作成し、家庭裁判所に提出して申述 民915①・924
受理後 相続人が複数なら、家裁が相続人の中から相続財産清算人を選任 民936①
限定承認後5日以内
(清算人がいる場合は選任後10日以内)
すべての相続債権者・受遺者に対して官報で公告。期間は2か月を下れない 民927①④・936③
同時期 知れている債権者には、別に個別の催告をする 民927③
知った日の翌日から4か月以内 被相続人の準確定申告(みなし譲渡所得を含む) 所法125①
公告期間中 弁済を拒める(先に払ってはいけない) 民928
公告期間の満了後 債権額の割合に応じて弁済。優先権のある債権者を害さない 民929
債権者への弁済後 受遺者に弁済 民931
換価が必要なとき 競売に付す。ただし鑑定人の評価額を弁済すれば競売を止められる 民932
民法915条〜937条、所得税法125条1項から作成

公告は「官報に掲載してする」と条文に書かれています(民法927条4項)。ウェブサイトや新聞広告では代えられません。

さらに、公告だけでは足りません。民法927条3項が「知れている相続債権者及び受遺者には、各別にその申出の催告をしなければならない」と定めています。把握している金融機関やカード会社には、公告とは別に個別に通知が要ります。

7. それでも限定承認を選ぶ理由——実家を残せる「先買権」

限定承認で相続財産を換価するときは、原則として競売です。ただし民法932条にただし書があります。

前三条の規定に従って弁済をするにつき相続財産を売却する必要があるときは、限定承認者は、これを競売に付さなければならない。ただし、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従い相続財産の全部又は一部の価額を弁済して、その競売を止めることができる。

条文に「先買権」という言葉はありませんが、実務でそう呼ばれているのがこれです。鑑定人が付けた評価額を自分のお金で払えば、実家を競売にかけずに手元に残せます。

この鑑定人の選任は、限定承認の申述を受理した家庭裁判所に申し立てます(家事事件手続法201条2項)。

ただし、自己資金が要ります

先買権は「無償で残せる制度」ではありません。鑑定人の評価額を、相続財産ではなく自分の財布から払う必要があります。そのお金がなければ、実家は競売に流れます。

そして、債権者や受遺者は自己の費用で競売または鑑定に参加できます(民法933条)。評価が一方的に安くなることを防ぐ仕組みですが、逆に言えば、鑑定額が想定より高く出れば手が届かなくなるということでもあります。

順番として、先に「いくらなのか」を知っておく

限定承認を選ぶかどうかは、次の3つの数字が揃わないと決められません。

  1. 実家の時価——みなし譲渡所得の計算の起点であり、先買権で払う額の目安でもある
  2. 債務の総額——限定承認をする意味があるかどうかの分岐点
  3. 取得費——契約書が残っているかどうかで、譲渡所得が桁で変わる

①だけは、3か月の期限が来る前に、誰にも相談せず自分で確かめられます。

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先に「実家がいくらになるか」だけ確かめる

限定承認を選ぶかどうかは、実家の時価・債務の総額・取得費の3つが揃わないと決められません。このうち実家の時価だけは、3か月の期限が来る前に自分で確かめられます。みなし譲渡所得の起点であり、先買権(民法932条ただし書)で競売を止めるときに払う額の目安にもなります。ラクウルは訳あり物件・空き家・共有持分などを全国で買い取っている会社で、自社買取なので仲介手数料はかかりません。

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査定を受けることは相続財産の「処分」ではありません。ただし、実際に売る契約をすれば法定単純承認(民法921条1号)に当たり得ます。限定承認を検討している間は、金額を知るところで止めてください。

8. 手続を間違えると、自分の財産で払うことになる

限定承認は「申述が受理されたら安全」という制度ではありません。受理された後にも、単純承認扱いに戻る事由と、損害賠償の規定が置かれています。

① 財産を処分すると単純承認とみなされる(民法921条1号)

相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。

相続財産の預金を解約して葬儀費用や生活費に充てる、実家の家財を売る、車を名義変更して乗る——このあたりは「処分」に当たりうる行為です。限定承認や相続放棄を検討している間は、相続財産に手をつけないでください。

② 限定承認の後でも、隠せば単純承認(民法921条3号)

相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。

財産目録にわざと書かなかった財産があれば、限定承認の効力は失われます。

共同相続人の1人がこれをやった場合は民法937条が適用され、その人だけが、弁済しきれなかった債権額について相続分に応じて責任を負います。他の相続人まで巻き込まれるわけではありませんが、身内の1人が隠したことで自分が責任を負う立場になり得るということです。

③ 公告を怠る・順番を間違えると損害賠償(民法934条1項)

限定承認者は、第九百二十七条の公告若しくは催告をすることを怠り、又は同条第一項の期間内に相続債権者若しくは受遺者に弁済をしたことによって他の相続債権者若しくは受遺者に弁済をすることができなくなったときは、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

この賠償責任には「相続財産の限度」という制限がありません。手続を誤ると、限定承認をしたのに自分の財産から払うことになります。専門家に頼まずに完走するのが難しい最大の理由がここです。

9. 費用

項目 金額 備考
収入印紙 800円 裁判所の案内に「1人につき」の記載はなく、被相続人1人につき800円と説明する家裁の資料があります。相続放棄が「申述人1人につき800円」なのと違います
連絡用の郵便切手 裁判所により異なる 相続人の人数に連動して枚数が決まる運用
戸籍等の取得費 1通450円/除籍・原戸籍750円 被相続人の出生から死亡までの全戸籍が必要
官報公告の掲載料 当サイトでは実額を確認できませんでした 官報販売所の一般料金は行公告3,589円/行(税別)、枠公告37,166円/枠(税別)。限定承認の公告が何行・何枠になるかは不明
鑑定人の報酬 個別 先買権(民932ただし書)を使う場合。予納が必要
専門家への依頼 個別 手続の性質上、依頼するのが一般的とされます
裁判所「相続の限定承認の申述」、地方公共団体の手数料の標準に関する政令1条8号、官報販売所の公表料金表から作成。実額は必ず申述先の家庭裁判所に確認してください。

10. 限定承認を選ぶ前に、確かめること

限定承認が合理的なのは、次の3つが揃っているときです。

  • 債務の総額が分からない。特に保証債務や、廃業した事業の負債。後から出てきた債権者に対しては、公告期間内に申出をせず限定承認者に知れなかった場合、残余財産についてのみ権利行使できるという遮断効があります(民法935条)
  • どうしても残したい実家がある。先買権(民法932条ただし書)で競売を止められる可能性があります
  • 相続放棄をすると、疎遠な親族に相続権が移ってしまう。限定承認なら次順位に移りません

逆に、債務が明らかに財産を上回っていて、実家にも未練がないのであれば、相続放棄のほうが速くて安く、失敗しにくい選択です。年32万件という数字は、多くの人にとってそれが正解だったということでもあります。

3か月しかありません。順番を間違えないでください

①相続財産に手をつけない(民法921条1号)。②債務の洗い出しを最優先。③実家に含み益があるなら、まず税理士にみなし譲渡所得を試算してもらう。④間に合わないと判断したら、3か月が来る前に期間伸長を申し立てる(民法915条1項ただし書)。黙って3か月が過ぎると、法定単純承認で借金を全額引き継ぎます。

よくある質問

Q. 限定承認は1人でもできますか?

相続人が1人しかいないならできます。複数いるなら、全員が共同でなければできません(民法923条)。1人でも反対すれば成立しません。ただし、すでに相続放棄をした人は「初めから相続人とならなかったもの」とみなされる(民法939条)ので、残りの全員でできます。

Q. 期限の3か月はいつから数えますか?

「自己のために相続の開始があったことを知った時」からです(民法915条1項)。死亡日ではありません。先順位の相続人が全員放棄したために自分が相続人になった場合など、知った時期が後ろにずれることがあります。間に合わないときは家庭裁判所に期間伸長を申し立てられます(令和7年の新受件数1,631件)。

Q. 3か月以内に申述書を出せば、財産目録は後からでもいいですか?

いけません。民法924条は「第九百十五条第一項の期間内に、相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述しなければならない」と定めています。財産目録の提出も3か月の中です。裁判所の書式ページに土地・建物・現金預貯金株式等の遺産目録の様式があります。

Q. 限定承認をすると本当に税金がかかるのですか?

含み益のある資産があればかかります。所得税法59条1項1号が「相続(限定承認に係るものに限る)」による資産の移転を、その時の時価で譲渡があったものとみなすと定めています。課税されるのは被相続人で、準確定申告で申告します。預貯金だけなら譲渡所得の基因となる資産がないので、この問題は起きにくいです。

Q. そのみなし譲渡所得税は、自分の貯金から払うのですか?

いいえ。相続によって得た財産の限度でだけ払う責任を負います(国税通則法5条1項後段)。ただし相続財産から先に引かれるので、「プラスが残るはずだったのに税金で消えた」ということは起こります。限定承認を決める前に試算しておくべき数字です。

Q. 居住用財産の3,000万円特別控除は使えますか?

当サイトでは判断できませんでした。租税特別措置法35条2項1号は、「配偶者その他政令で定める特別の関係がある者」に対する譲渡を適用対象から外しており、その中身は配偶者と直系血族等です(措置法施行令23条2項・20条の3第1項1号)。限定承認によるみなし譲渡が誰への譲渡と評価されるのかを明示した通達・質疑応答は、国税庁のサイトで見つけられませんでした。税理士に確認してください。

Q. 相続人が後で実家を売ったら、また税金がかかりますか?

取得費が相続開始時の時価になるので、そこから値上がりしていなければ譲渡所得は出ません。所得税法60条1項1号が限定承認を通常の取得費引継ぎから外し、同条4項が「その取得の時における価額に相当する金額により取得したものとみなす」と定めています。被相続人の側で一度清算しているので、二重にはなりません。

Q. 官報公告は必ず要りますか?

要ります。民法927条1項が「限定承認をした後五日以内」の公告を義務づけ、同条4項が「前項の規定による公告は、官報に掲載してする」と定めています。期間は2か月を下れません。相続人が複数で相続財産清算人が選任された場合は、「選任があった後十日以内」に読み替えられます。(民法936条3項)知れている債権者には、公告とは別に個別の催告も必要です(民法927条3項)。

Q. 実家を競売にかけずに残せますか?

民法932条ただし書の先買権を使えば残せる場合があります。家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って価額を弁済すれば、競売を止められます。その弁済は自己資金です。鑑定人の選任は、限定承認の申述を受理した家庭裁判所に申し立てます(家事事件手続法201条2項)。

Q. 手続を間違えると何が起きますか?

自分の財産から払うことになります。公告・催告を怠ったり、公告期間内に一部の債権者に払ってしまって他の債権者に払えなくなったりすると、損害賠償責任を負います(民法934条1項)。この責任に「相続財産の限度」という制限はありません。財産を隠したり目録に悪意で書かなかったりすれば、限定承認そのものが単純承認扱いになります(民法921条3号)。

Q. 結局、相続放棄と限定承認のどちらを選べばいいですか?

債務が明らかに財産を上回り、実家にも未練がないなら相続放棄です。速く、安く、1人で完結します。限定承認が生きるのは「債務の総額が分からない」「どうしても残したい実家がある」「放棄すると疎遠な親族に相続権が移る」のいずれかに当てはまるときです。そのうえで、相続人全員の同意と、みなし譲渡所得税の試算という2つの関門を越えられるかで決まります。

この記事で確認できなかったこと

  • 居住用財産の3,000万円特別控除(措置法35条)が、限定承認によるみなし譲渡に適用できるかどうか。措置法35条2項1号が配偶者・直系血族等への譲渡を除外していることは条文で確認しましたが、限定承認のみなし譲渡における「譲渡の相手方」の評価を示した通達・質疑応答は、国税庁のサイトで見つけられませんでした。
  • みなし譲渡所得税が相続税の債務控除の対象になるかどうかを、直接示した資料。相続税法13条1項1号と14条2項が「被相続人に係る所得税」を控除対象の公租公課に含めていることまでは確認しました。
  • 限定承認の官報公告の掲載料の実額。内閣府と官報の公式サイトで料金表を確認できませんでした。官報販売所が公表している一般料金(行公告3,589円/行・税別、枠公告37,166円/枠・税別)までしか分かっていません。実際の公告が何行・何枠になるかも不明です。
  • 連絡用の郵便切手の現行の実額。裁判所の案内は「裁判所ごとに異なる」としか書いていません。
  • 限定承認の申述が却下される割合と、受理までの審理期間。司法統計の該当表を確認していません。
  • 司法統計の令和6年以前の数値の末尾の桁。年報PDFからの読み取りのため、令和7年(限定承認637/相続放棄323,524)以外は誤差の可能性があります。数字を引用するときは原典に当たってください。

まとめ

  1. 限定承認は令和7年で637件、相続放棄は323,524件。約508件に1件です。20年前は995件で、件数は減っています(司法統計年報 家事編・第2表)。
  2. 限定承認は「承認」であって放棄ではありません(民法922条)。相続人の地位が残るので、放棄と違って次順位の親族に相続権が移りません。
  3. 相続人が複数なら、全員が共同でなければできません(民法923条)。連絡の取れない相続人が1人でもいると、3か月では実質的に無理です。
  4. 3か月の中に財産目録の作成と提出が入ります(民法915条1項・924条)。黙って過ぎれば法定単純承認で借金を全額引き継ぎます(921条2号)。
  5. ★最大の壁は税金です。限定承認をすると被相続人がその時の時価で譲渡したものとみなされ(所得税法59条1項1号)、含み益のある実家があると譲渡所得税が発生します。準確定申告は4か月以内(所得税法125条1項)で、官報公告の2か月が明ける前に期限が来ます。
  6. その税金は相続財産の限度でしか負担しません(国税通則法5条1項後段)。ただし相続財産から先に引かれます。
  7. 相続人のその後の取得費は「相続開始時の時価」になります(所得税法60条4項)。ここは限定承認の有利な点です。
  8. 実家は先買権で残せる場合があります(民法932条ただし書)。鑑定人の評価額を自己資金で払うことが条件です。
  9. 手続を誤ると、限定承認をしたのに自分の財産で賠償することになります(民法934条1項)。この責任に相続財産の限度はありません。
  10. 迷ったら、まず「相続財産に手をつけない」こと。処分は法定単純承認事由です(民法921条1号)。そのうえで実家の時価と債務総額を先に押さえてください。

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