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連載「親が元気なうちに」第1回
実家を片付けていたら、通帳が出てきた。自分の名前が印刷された通帳が。
親が子や孫の名義で、コツコツ積み立てていた。よくある話です。そして、税務署がいちばん見ているのが、この通帳です。
国税庁が公表している最新の調査結果を見てください。相続税の実地調査に入られると、82.3%で何かが出ています。そして出てきたものの43.3%は現金と預貯金でした。家屋は1.7%です。
実家じまいの話をしているのに、税務署が見ているのは家ではなく、預金です。この記事は、国税庁の統計と国税不服審判所の裁決だけを使って、「子名義の預金が、なぜ親の財産と判定されるのか」と、親が元気なうちにできることを整理します。
最終更新:2026年8月27日
結論だけ先に
- ★名義が子でも、実質が親のものなら親の財産です。これを「名義預金」と呼びます。相続財産に足して申告し直すことになります。
- 調査に入られると82.3%で非違が出ます。1件当たりの申告漏れは3,093万円。出てきた財産の43.3%が現金・預貯金で、家屋はわずか1.7%でした。
- ★「贈与契約書があるから大丈夫」は成り立ちません。実際に、贈与証があったのに親の財産と判定された裁決があります。
- 分かれ目は、子が自分で口座を作り、通帳と印鑑を自分で持ち、自由に使えたかどうか。同じ裁決で、2つの口座の結論が正反対になっています。
- 2024年から、生前贈与の持ち戻しは3年ではなく7年です。直せるのは、親が元気なうちだけです。
この記事は国税庁と国税不服審判所の公表資料、および民法・相続税法だけで書いています。当サイトに税理士はいません。実際の判断は個別の事情によって変わります。金額が大きい場合は、必ず税理士に相談してください。
1. 税務署が見ているのは、家ではありません
国税庁「令和6事務年度における相続税の調査等の状況」から、そのまま数字を出します。
| 項目 | 件数・金額 |
|---|---|
| 実地調査の件数 | 9,512件 |
| うち申告漏れ等の非違があった件数 | 7,826件 |
| 非違割合 | 82.3% |
| 申告漏れ課税価格の総額 | 2,942億円 |
| 実地調査1件当たりの申告漏れ | 3,093万円 |
| 簡易な接触(電話や文書での照会) | 21,969件(うち非違 5,796件) |
調査に入られたら、8割超で何かが出ています。そして、出てきたものの中身がこれです。
現金・預貯金等が43.3%。家屋は1.7%です。不動産は登記されていて隠しようがないので、当然といえば当然です。問題は、どこにあるか分かりにくいお金のほうに集まります。
そして、この1,247億円の中で大きな比重を占めるのが名義預金です。
出典:国税庁「令和6事務年度における相続税の調査等の状況」
★税務署がさかのぼれる年数も、条文にあります
国税通則法第七十条(国税の更正、決定等の期間制限)
1 次の各号に掲げる更正決定等は、当該各号に定める期限又は日から五年……を経過した日以後においては、することができない。
一 更正又は決定 その更正又は決定に係る国税の法定申告期限……
5 次の各号に掲げる更正決定等は、第一項……の規定にかかわらず、……同項各号に定める期限又は日から七年を経過する日まで、することができる。
一 偽りその他不正の行為によりその全部若しくは一部の税額を免れ……た国税……についての更正決定等
出典:e-Gov法令検索 国税通則法第70条(全文を開いて確認/2026年9月3日)。括弧書きの一部を省略しています
原則は5年、「偽りその他不正の行為」があれば7年です。起算点は「法定申告期限」——相続税なら、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月です。
ここで気をつけたいことがあります。名義預金は「親の財産を申告していなかった」という話であって、口座を作った時点にさかのぼる話ではありません。20年前に入金された口座でも、相続税の申告漏れとして問われます。期間制限が数えるのは、口座を作った日ではなく相続税の法定申告期限からの年数です。
2. 名義預金とは何か
通帳の名義は子や孫。でも、実質的には親の財産のまま。これが名義預金です。
なぜそうなるかというと、贈与が成立していないからです。民法549条は、贈与をこう定めています。
贈与は、当事者の一方が自己の財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる
「あげる」と「もらう」の両方が要ります。親が勝手に子名義の口座を作って入金しても、子がそれを知らなければ「受諾」がありません。贈与は成立せず、お金は親のものです。
そして親が亡くなったとき、それは相続財産に足されます。
★「贈与」が成立する条件は、民法549条にあります
名義預金がなぜ親の財産のままなのか。その入口は、税法ではなく民法です。
民法第五百四十九条(贈与)
贈与は、当事者の一方がある財産を無償で相手方に与える意思を表示し、相手方が受諾をすることによって、その効力を生ずる。
出典:e-Gov法令検索 民法第549条(全文を開いて確認/2026年9月3日)。これが条文のすべてです
「相手方が受諾をすることによって」。ここが決定的です。贈与は、あげる側の意思だけでは成立しません。もらう側が受け取ることを承知して、はじめて効力が生じます。
子が口座の存在を知らなければ、受諾のしようがありません。だから贈与は成立せず、そのお金は親のものであり続けます。「子の名義だから子のもの」ではなく、「贈与が成立していないから親のもの」という順番です。
この記事が挙げた裁決で、2つの口座の結論が分かれたのも、この「受諾」に当たる事実があったかどうかの違いです。
書面がないと、解除できてしまいます(550条)
民法第五百五十条(書面によらない贈与の解除)
書面によらない贈与は、各当事者が解除をすることができる。ただし、履行の終わった部分については、この限りでない。
出典:e-Gov法令検索 民法第550条(全文を開いて確認/2026年9月3日)
口約束の贈与は、どちらからでも解除できます。「あげた」「もらった」と当事者が思っていても、書面がなければ法律上はまだ動かせる状態です。贈与契約書を作る意味は、ここにあります。
ただし「履行の終わった部分」は解除できません。実際に渡し終えていれば、書面がなくても戻せません。つまり、渡し終えたという事実が残っていることが大事だということです。子自身が管理する口座に振り込まれ、子が通帳と印鑑を持ち、自分で出し入れしている——その状態が「履行の終わった」に近づきます。
3. ★同じ裁決で、2つの口座の結論が正反対になりました
国税不服審判所の令和3年9月17日裁決を見てください。この事案には、同じ親が同じ贈与証にもとづいて開設した、複数の子名義の口座が出てきます。
結論は、正反対に分かれました。
親の財産と判定されたほう
請求人名義口座は、本件贈与証に記載したとおりの贈与の履行がされているとの外形を作出するために本件被相続人により開設され、平成27年8月まで本件被相続人自身の支配管理下に置かれていたものと認められるから、請求人名義預金は、本件被相続人に帰属する財産であったと認めるのが相当である。
「贈与の外形を作出するために開設された」。厳しい言い方です。贈与証は存在していました。それでも足りませんでした。
本人の財産と認められたほう
したがって、M名義預金は、平成13年の口座開設当初から、Mに帰属するものと認められるから、本件相続財産には含まれない。
何が違ったのか
裁決書に認定事実として並んでいる、負けたほうの事情がこれです。
| 裁決で認定された事実 | 意味 |
|---|---|
| 口座の開設手続や本人確認書類の準備を自ら行ったことはない | 作ったのは親 |
| 預金の存在を知らされていなかった | 受諾がない=贈与が成立しない |
| 通帳と印章は親が自ら保管していた | 支配管理は親のまま |
| 口座開設時から払出しまで、出金がない | 本人が使った形跡がない |
| 入金が途絶えた理由を知らされていない | 本人は関与していない |
★「贈与契約書を作れば大丈夫」という説明は、この裁決では通っていません。書面はあったのです。足りなかったのは、書面ではなく実態でした。
出典:国税不服審判所「令和3年9月17日裁決」/民法549条・550条
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不動産の贈与は預金とまったく別の計算になります。実家の生前贈与もあわせて読んでください。
4. 親が元気なうちにできること
ここからが、この連載の本題です。名義預金は、親が亡くなったあとでは直せません。贈与は相手が生きていないと成立しないからです。
やること
- 子が自分で口座を開く。本人確認書類を出し、自分の筆跡で書類を書く。親が代わりに作らない。
- 通帳・キャッシュカード・印鑑を、子が持つ。裁決で決定的だったのがここです。親が持っていたら、親の財産と見られます。
- 子が、もらったことを知っている。民法549条の「受諾」です。黙って入金しても贈与になりません。
- 実際に使う。一度も出金がない口座は「本人のもの」と見てもらいにくくなります。
- 贈与契約書は作る。ただしそれだけに頼らない。裁決のとおり、書面があっても実態が伴わなければ負けます。
- 親の預金の全体像を、今のうちに把握する。どの金融機関に口座があるか。亡くなってから探すと、何か月もかかります。
★2024年から、持ち戻しは3年ではなく7年です
ここも変わっています。国税庁の資料はこう書いています。
相続開始前3年以内から7年以内に延長/令和6年1月1日以後に贈与により取得する財産に係る相続税について適用/延長された4年間に贈与により取得した財産の価額については、総額100万円まで加算されません
つまり「そろそろ危ないから、慌てて贈与しておこう」が効きにくくなりました。7年前に戻って足されるからです。間に合わせでやるものではなく、早くから続けるものになったと考えてください。
あわせて、相続時精算課税にも年110万円の基礎控除が創設されています。こちらは基礎控除を引いた後の残額が相続税の課税価格に加算されます。どちらを使うかは金額と年数で変わるので、税理士に計算してもらってください。
出典:国税庁「相続税及び贈与税の税制改正のあらまし」(令和5年6月)
★贈与しても、7年以内なら足し戻されます(相続税法19条)
名義預金にならないよう、きちんと贈与したとします。それでも、相続の直前の贈与は相続税の計算に戻ってきます。
相続税法第十九条(相続開始前七年以内に贈与があつた場合の相続税額)
相続又は遺贈により財産を取得した者が当該相続の開始前七年以内に当該相続に係る被相続人から贈与により財産を取得したことがある場合においては、その者については、当該贈与により取得した財産……の価額(加算対象贈与財産のうち当該相続の開始前三年以内に取得した財産以外の財産にあつては、当該財産の価額の合計額から百万円を控除した残額)を相続税の課税価格に加算した価額を相続税の課税価格とみなし……
出典:e-Gov法令検索 相続税法第19条第1項(全文を開いて確認/2026年9月3日)。括弧書きの一部を省略しています
7年以内。そして「3年以内に取得した財産以外」——つまり延長された4年分については、合計100万円を控除した残額が加算されます。4年分で100万円です。1年につき100万円ではありません。
「相続又は遺贈により財産を取得した者」が対象です。条文はそう書いています。相続で何も取得しない人への贈与は、この条文の加算の対象になりません。ただしそれは相続税の話で、贈与税は別に計算されます。
だから「元気なうちに」なのです。7年という長さを、条文が置いています。
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実家が今いくらなのかを、先に知っておく
相続税がかかるかどうかは、預金だけでなく実家の評価額を足して決まります。親が元気なうちに実家のおおよその価格を知っておくと、対策が要るのか要らないのかが判断できます。一括査定なら、複数の不動産会社の査定額を並べて比べられます。売る前提でなくても、金額を知るだけなら無料です。数字が出てから、贈与するのか、そのまま相続するのかを考えてください。
申し込む前に4つだけ確認してください。①申し込めるのは名義人か、そのご親族です。親名義の実家なら、親の同意を得てから申し込んでください。
②申し込むと不動産会社から電話またはメールで連絡が入ります。所在地・築年数・間取りを答えられるようにしておくと早く終わります。
③売却を考えていない段階なら、その旨を伝えてください。「今は金額だけ知りたい」で構いません。
④査定額は「売れる価格」ではありません。相続税評価額とも別の数字です。
やってはいけないこと
- 親が子名義の口座を作り、通帳と印鑑を持ち続ける。裁決でいちばん重く見られた事実です。
- 子に知らせずに入金する。民法549条の受諾がないので、贈与が成立しません。
- 贈与契約書だけ作って安心する。令和3年9月17日裁決では、贈与証があっても親の財産と判定されました。
- 親が亡くなってから何とかしようとする。贈与は相手が生きていないと成立しません。直せるのは生前だけです。
- 申告しないで様子を見る。調査に入られた場合の非違割合は82.3%です。
- 実家の名義だけ気にして、預金を見ない。申告漏れの43.3%は現金・預貯金、家屋は1.7%です。
よくある質問
Q. 子どもの名義で貯めた預金は、誰のものですか?
実質で判断されます。名義が子でも、親が口座を作り、通帳と印鑑を持ち、子が存在を知らなかったなら、親の財産(名義預金)として相続財産に加算されます。令和3年9月17日裁決は、贈与証がある事案でもそう判断しました。
Q. 贈与契約書を作れば大丈夫ですか?
それだけでは足りません。同じ裁決で、贈与証があったにもかかわらず「贈与の履行がされているとの外形を作出するために開設された」と認定され、親の財産とされています。通帳と印鑑を子が持ち、子が自由に使える状態にすることのほうが重く見られます。
Q. 毎年110万円までなら贈与税はかからないと聞きました
贈与が成立していることが前提です。受け取る側が知らなければ、そもそも贈与ではありません。また2024年1月1日以後の贈与からは、相続開始前7年以内のものが相続財産に加算されます(延長された4年分については総額100万円まで加算されません)。
Q. 税務調査はどのくらい来るのですか?
令和6事務年度の実地調査は9,512件で、うち7,826件(82.3%)で非違がありました。ほかに「簡易な接触」が21,969件あり、そのうち5,796件で非違が出ています。実地調査1件当たりの申告漏れ課税価格は3,093万円です。
Q. もう親が認知症です。今からできますか?
贈与は本人の意思表示が要るため、判断能力が失われた後は困難です。実家の売却も同様の問題が起きます。認知症の親の家は売れませんを先に読んでください。「元気なうちに」というのは、比喩ではありません。
Q. 親が亡くなったあとに名義預金が見つかりました
相続財産に含めて申告することになります。すでに申告済みなら修正申告です。遺産分割の対象にもなるため、兄弟間の取り分にも影響します。金額が大きい場合は税理士に相談してください。
まとめ
- ★税務署が見ているのは家ではなく預金です。申告漏れの43.3%が現金・預貯金、家屋は1.7%。
- 実地調査に入られると82.3%で非違が出ています。1件当たり3,093万円。
- 名義が子でも、実質が親なら親の財産です。民法549条の「受諾」がないと贈与は成立しません。
- ★贈与契約書があっても負けた裁決があります。分かれ目は、子が自分で口座を作り、通帳と印鑑を持ち、実際に使えたかどうか。
- 2024年から持ち戻しは7年。間に合わせの贈与は効きにくくなりました。
- 直せるのは、親が元気なうちだけです。
この記事で確認できなかったこと
- 申告漏れ1,247億円のうち、名義預金がいくらを占めるかは公表されていません。国税庁の統計は「現金・預貯金等」までの区分で、名義預金という内訳はありません。本文では「大きな比重を占める」としか書いていないのはそのためです。
- 名義預金の帰属を判断する一般的な基準を、条文や通達として示した一次情報は見つけられませんでした。本記事の判断材料は、個別の裁決で認定された事実です。事案が変われば結論も変わります。
- 民法549条・550条、国税通則法70条、相続税法19条の全文は、e-Gov法令検索で確認して本文に引用しました。ただし名義預金の帰属を判断する一般的な基準は、これらの条文には書かれていません。条文が定めているのは「贈与が成立する条件」までです。
- 令和3年9月17日裁決の当事者名・金額は、公表資料では伏せられています。「〇〇〇〇円」と表記されており、実額は確認できません。
- 税務調査で名義預金が指摘された件数・割合は確認できませんでした。
- 相続時精算課税と暦年課税のどちらが有利かは、金額・年数・相続人の数で変わります。本記事では比較していません。
- 孫名義・配偶者名義の場合の扱いの違いは確認していません。本記事が扱ったのは子名義の事案です。
この連載について
「親が元気なうちに」は、まだ間に合ううちにできることだけを書く連載です。
当サイトの記事は、これまでほとんどが「親が亡くなったあと」の話でした。相続登記、遺産分割、売却、解体。でも読者は、その前に必ず「親が元気なうち」を通ります。そこで打てる手のほうが、はるかに多い。この連載はそこを埋めます。
次回以降の予定です。
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