家族信託と任意後見、どちらを先に検討するか|分かれ目は「施設の契約を誰がするか」

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連載「親が元気なうちに」第3回

連載「親が元気なうちに」第3回。第1回は名義預金、第2回は口座の探し方でした。今回は「家族信託と任意後見は、どちらを先に検討するか」です。

この2つは、よく並べて比較されます。どちらも、親の判断能力が落ちる前にしかできない手当てだからです。

ただ、調べていて最初に引っかかったのはそこではありませんでした。法務省の資料が「併用することもできます」と書いていたことです。

つまり、二択ではありません。分かれ目は「どちらが優れているか」ではなく、何を任せたいのかのほうにあります。

1. 法務省は「併用できる」と書いています

法務省民事局参事官室のパンフレット「信託制度を知って活用しよう」に、こうあります。

信託と成年後見制度や遺言などの他の財産管理等の手段は、それぞれ役割や効力の及ぶ範囲が異なっており、併用することもできます

出典:法務省民事局参事官室「信託制度を知って活用しよう」(法務省サイトのPDFで確認/2026年8月28日)

「役割や効力の及ぶ範囲が異なる」というのが、この記事のいちばん大事な一文です。どちらかを選ぶ話ではなく、届く範囲が違う道具だ、と国が書いています。

2. 家族信託とは何か——法務省の言葉で

「家族信託」は法律の用語ではありません。法律の側にあるのは信託法で、そこに「家族信託」という言葉は出てきません。家族のあいだで信託を使うことを、実務がそう呼んでいるだけです。

法務省の説明はこうです。

「受託者」と呼ばれる人が、信託で定められた特定の目的に従って、財産の管理・処分を行う

登場人物は3人です。

  • 委託者——信託財産の元の権利者。財産を受託者に譲渡します。親にあたる人です。
  • 受託者——信託財産の権利者。受益者のため、財産の管理・処分等を行います。子にあたる人です。
  • 受益者——信託から生じる利益を享受する人。実家じまいの文脈では、親が委託者と受益者を兼ねる形が想定されます。

注意してほしいのは「受託者が権利者になる」という点です。実家を信託すると、登記上の所有者は子に移ります。子の財産になるわけではありませんが、名義は動きます。ここを理解しないまま話を進めると、あとで家族が揉めます。

信託の作り方は3つ

法務省は、信託の方法として次の3つを挙げています。

  • 契約(信託契約)を締結する方法
  • 遺言(信託遺言)をする方法
  • 公正証書等によってする方法(自己信託)

「公正証書等によって」と書かれているのは3つめだけです。親子で結ぶ信託契約は、1つめにあたります。

3. ★決定的な違いは、財産の外に手が届くかどうか

法務省は、信託を「財産の管理・処分」の制度だと説明しています。財産の話です。

いっぽう成年後見制度について、法務省はこう書いています。

不動産や預貯金などの財産を管理したり、身のまわりの世話のために介護などのサービスや施設への入所に関する契約を結んだり、遺産分割の協議をしたりする必要があっても、自分でこれらのことをするのが難しい場合

出典:法務省「成年後見制度・成年後見登記制度」(2026年8月28日に確認)

★施設への入所契約が、はっきり書かれています。

ここが分かれ目です。親が施設に入るとき、契約書にサインするのは誰か。信託は財産の管理・処分の仕組みなので、この場面を引き受ける制度としては説明されていません。後見のほうは、法務省が明示しています。

実家じまいで言えば、こうなります。

  • 実家を売る・貸す・修繕する——財産の管理・処分の話です。信託で組み立てられる余地があります。
  • 施設と契約する・入院の手続きをする——財産の外側です。信託だけでは、ここは埋まりません。

だから法務省は「併用することもできます」と書いているのだと読めます。

同じ「親の判断力」でも、守る範囲が違う 家族信託 実家を売る 実家を貸す 実家を修繕する =財産の管理・処分 任意後見 施設と契約する 入院の手続き =財産の外側 (法務省が明示) 法務省は「併用することもできます」

4. 任意後見は、公正証書でなければ成立しません

任意後見契約は、公正証書でなければ成立しません。口約束も私文書も無効です。根拠条文と、契約しただけでは効力が生じないこと(家庭裁判所が任意後見監督人を選任してはじめて動き出すこと)は、認知症の親の家は売れませんで条文を引いて確認しています。

数字も、その記事で確認したものがそのまま効きます。

  • 令和6年の任意後見監督人選任は874件。後見開始は28,785件でした。
  • つまり、実際に使われているのは圧倒的に法定後見のほうです。任意後見は、制度としてはあるのに、ほとんど使われていません。

使われていない理由まではデータで確認できていません。ただ、親が元気なうちに公証役場へ一緒に行く、という手間の重さは無関係ではないはずです。

5. 家族信託の契約書について、確かめられたこと

法務省の資料が「公正証書等によって」と書いているのは、自己信託についてだけです。親子で結ぶ信託契約について、公正証書でなければならないという記載は、確認した範囲では見つかりませんでした。

ただし「公正証書でなくてもよい」ことと「公正証書にしなくてよい」ことは別です。当サイトは、実務でどちらが選ばれているかの統計を持っていません。この点は専門家に確認してください。

登録免許税について

実家を信託すると、登記が動きます。登記が動けば登録免許税がかかります。

財務省の資料には、こうありました。

土地の売買による所有権の移転登記及び「土地の所有権の信託登記」に係る登録免許税の税率について、…軽減されます

出典:財務省「登録免許税に関する資料」(2026年8月28日に確認)。令和11年3月31日までの時限措置と記載されています。

軽減措置の対象になっていること自体は確認できました。ただし、信託の登記の税率そのものは、国税庁のタックスアンサー「登録免許税の税額表」にも、法務局の説明資料にも載っていませんでした。金額は、司法書士か法務局で確認してください。

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家族信託を検討するなら、何ができて何ができないかを先に聞く

この記事で書いたとおり、信託は財産の管理・処分の仕組みです。施設の契約までは届きません。実家をどう扱いたいのか、施設や入院のことは誰がやるのか。この2つを分けて相談しないと、契約書ができてから足りない部分に気づきます。おやとこは家族信託の相談窓口で、運営は株式会社こころのカンパニーです。

①この窓口で扱っているのは家族信託です。②当サイトは料金体系も、どこまでが無料かも検証していません。申込先のページで確認してください。③親本人に判断能力があるうちでないと契約できません。この記事の話は、そこが前提です。

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任意後見のほうを先に知りたい場合は、認知症の親の家は売れませんに条文と件数をまとめています。

6. どちらを先に検討するか

どちらを先に検討するかの分かれ目 心配なのは、実家のことだけですか はい 信託で組み立てる 売る・貸すは財産の話 いいえ 後見の検討が要る 施設の契約は財産の外

順番は、制度から入らないほうがうまくいきます。先に決めるのは「何を任せたいか」です。

  • ① 実家を、親が動けなくなったあとに売るかもしれない。財産の話です。信託の出番があります。売らずに貸す、修繕する、建て替えるも同じです。
  • ② 施設に入る話が現実に近い。財産の外です。後見の側で考えることになります。
  • ③ 両方ありうる。法務省が併用できると書いているのは、この場合です。

そのうえで、任意後見には期限に近い性質があります。公証役場へ親と一緒に行く必要があり、親に判断能力があるうちしかできません。家族信託の契約も同じです。どちらも「親が元気なうちに」の側にある手当てです。

逆に言うと、間に合わなくなったときに残るのは法定後見だけになります。誰に任せるかを家庭裁判所が決める形です。その中身と件数は認知症の親の家は売れませんにまとめました。

やってはいけないこと

  • 「信託しておけば全部できる」と考えること。法務省は信託を財産の管理・処分の制度として説明しています。施設の契約は、その説明には含まれていません。
  • 親に説明しないまま名義を動かすこと。実家を信託すると登記上の所有者は受託者に移ります。あとから知った兄弟との間で必ず問題になります。
  • 受託者を1人に決めて、代わりを置かないこと。子が先に倒れることもあります。当サイトは代わりの立て方の実務までは確認していません。契約を作る段階で必ず聞いてください。
  • 費用の総額を聞かずに進めること。登記が動けば登録免許税がかかります。金額は司法書士か法務局で確認してください。

よくある質問

Q. 家族信託は法律の制度ですか?

信託法という法律はあります。ただし「家族信託」という言葉は法律の用語ではありません。家族のあいだで信託を使うことを実務がそう呼んでいるだけで、民事信託と呼ばれることもあります。

Q. 信託すると、実家は子のものになりますか?

登記上の所有者は受託者になります。法務省は受託者を「信託財産の権利者」と書いています。ただし受託者は「受益者のため」に管理・処分する立場です。受益者を親にしておけば、利益は親のものです。

Q. 信託契約は公正証書にしなければいけませんか?

法務省の資料が「公正証書等によって」と書いているのは自己信託についてだけでした。親子で結ぶ信託契約についての義務づけは、確認した範囲では見つかりませんでした。実務でどうしているかは確認できていません。

Q. 任意後見と家族信託、両方やってもいいのですか?

法務省が「併用することもできます」と書いています。ただし両方を作れば費用も2つ分かかります。何を任せたいかを先に決めてください。

Q. 親がもう認知症です。いまからできますか?

信託契約も任意後見契約も、親本人が契約する必要があります。判断能力が落ちたあとでは組めません。認知症の親の家は売れませんに、その場合に残る道をまとめています。

まとめ

  • ★二択ではありません。法務省が「併用することもできます」と書いています。
  • ★分かれ目は「財産の外に手が届くか」です。法務省は信託を財産の管理・処分の制度と説明し、後見については施設への入所契約まで挙げています。
  • 信託の登場人物は3人。委託者・受託者・受益者です。実家を信託すると、登記上の所有者は子に移ります。
  • 信託の作り方は3つ。契約・遺言・公正証書等による自己信託です。
  • 任意後見は公正証書でなければ成立しません。令和6年の任意後見監督人選任は874件、後見開始は28,785件でした。
  • ★どちらも、親に判断能力があるうちにしかできません。間に合わなければ法定後見だけが残ります。
  • 信託の登記には登録免許税がかかります。軽減措置の対象であることは確認できましたが、税率は確認できませんでした。

この記事で確認できなかったこと

  • 公証人の手数料を確認できませんでした。日本公証人連合会の手数料のページとPDFに、当サイトの環境からアクセスできませんでした。金額は公証役場に直接聞いてください。
  • 信託の登記の登録免許税の税率が分かりませんでした。国税庁のタックスアンサー「登録免許税の税額表」にも、法務局の説明資料(情報番号1312)にも、信託の行はありませんでした。財務省の資料で「土地の所有権の信託登記」が軽減措置の対象であること(令和11年3月31日まで)だけは確認できました。
  • 家族信託の専門家報酬について、公的な統計を見つけられませんでした。当サイトは事業者が出している価格表を根拠には使いません。
  • 「身上監護」という語の法令上の定義を確認していません。法務省のパンフレットには、この語は出てきませんでした。本記事では、法務省が実際に書いている「身のまわりの世話のために介護などのサービスや施設への入所に関する契約」という表現のまま扱っています。
  • 家族信託でどれくらいトラブルが起きているかの公的データを見つけられませんでした。国民生活センターの相談事例に家族信託の類型があるかまでは確認していません。
  • 受託者が先に亡くなった場合の実務を確認していません。制度上の手当てがあるかどうかも含めて、この記事では扱っていません。

この連載について

「親が元気なうちに」は、まだ間に合ううちにできることだけを書く連載です。

今回の話も、その典型でした。家族信託も任意後見も、親本人が契約する制度です。子がどれだけ調べても、親が動かなければ始まりません。

次回以降の予定です。

  • 実家の登記を、親が元気なうちに確かめる。祖父名義のままだと、相続人が一気に増えます。
  • 親の生命保険を、どこまで聞いておくか。

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